鮮度の話
結婚披露宴の結びに、その日のハイライト映像を結びに流す演出があります。撮って出しエンドロールと呼ばれこの業界では長らく人気の演出の一つです。ついさっきまで目の前で起こっていた出来事や新郎新婦を取り巻くゲストたちの様々な感情を切りとって、即興で編集して上映します。
僕が結婚式での撮影の仕事を請け負うときの8割がこの撮って出しエンドロールです。朝から新郎新婦や大勢のゲストの心と向き合い、決してフォーマットどおりにならず、かといって僕のエゴを出し過ぎない加減でその場で構成を考えて、繰り返すことのできない進行を読み取って編集しているときは、上映時間までに間に合わせなければいけない緊張感もあって、気が休まることはありません。映像を無事完成させて、それを鑑賞する新郎新婦やゲストの表情を見て、無事仕事を完遂した安堵感と達成感を味わうあの時間は、僕がこの仕事をするうえでとても楽しみにしている最高のご褒美みたいな時間です。
ただし、条件付き。と、ひねくれている僕は考えるわけです。この撮って出しエンドロールが一週間後の上映だったら同じ感情になるだろうか。
披露宴はとっくに結び解散、人生で最幸の1日を過ごした新郎新婦も日常の生活に戻り、通常通り出勤、余韻はあれど何事もなかったかのように過ぎる日常。そんなタイミングで僕からハイライト映像が届くわけです。
つい一週間前の自分たちの出来事が、懐かしく感じ、そのときの感情にひたるという意味では、記録物として最高の役割を果たすわけですが、そのリアクションが僕に届くときには表情や臨場感ではなく、文字に起こされ感想文のような形で届きます。
ましてやそれが1ヶ月後ならどうか、半年後ならどうか。時間が経つにつれ、その映像に含めた気持ちも一緒に湯冷めしていくような感覚になってしまうと思っています。
映像写真たるや鮮度が命。と僕は考えるわけです。
できることならその場で、ホカホカの状態で被写体に届けたいのです。
スポーツ映像、スポーツ写真の世界でも同じです。
アスリートの心情、コンディションは1日単位でめまぐるしく変わっていきます。がんばった1日を振り返ったときに、それを証明する映像と写真がすぐに見返せれば自分の感情の整理に説得力が増すだろうし、客観的なその事実が次への糧となると僕は信じているし、そうであってほしいと思っています。
一週間もたつと、あぁそういえばそんなこともあったな、くらいの思い出の産物としての価値で終わってしまいそうな気がして、撮影者としてのこちらのエゴな気持ちも含めてこわい気持ちになります。
今回、映画ということでジャパンカップ閉幕後一週間後に彼女たちに鑑賞していただきます。撮り溜めた素材は、勿体ぶってほとんど見せていないし、楽しみにしていてほしい気持ちが大いにあります。この夏の戦いを振り返るという意味において、そしてこれからまた次の戦に向けてのモチベーションアップのきっかけになってくれたらいいなと思っています。
今一度、鮮度というポイントにこだわるとしたら、果たしてそれが彼女たちに対して最善なのかどうか、とここ最近8月にはいってからは強く思うようになりました。
今まさに自分自身と戦っている彼女たち、毎日のように自分に何ができるか、何が足りないか、何をしなければいけないかを考えて考えて考えて、考え過ぎて、もともと出来ていたことすら出来なくなって、それでも1日は過ぎていく。
誰かのため、と思って自分なりに考えて行動して。考え過ぎて合ってるかどうかも分からないまままた誰かのために行動して、とっくに心は疲れているはずなのに誰にも気づかれずに笑顔でそこに立っている選手に、
それで合っているよ、とかそれに近い気持ちを可能な限り早く映像と写真伝えるほうが100倍「今」を戦う彼女たちに響くんじゃないかと。
そう思ってしまうほどに、「今」の彼女たちは、撮影者という立場でありながらも手を差し伸べてそこに介入してしまいたくなるほどに、健気に「今」と戦っています。
僕が撮らせていただいた映像や写真が、ただの思い出に落ち着く日もあるかもしれないけれど、せめて残り数日、彼女たちが求める最高の結果へ向かう余熱になってくれたらいいな。

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